レンズカタログ発掘②


 前回「タムロンはAFになってからもらうのを止めた」と書いたがそれは間違いだった。更に今回の発掘調査で何と2000年代のが発見されたのだ。どうも写真を止める寸前までポツリポツリとだが貰っていたようだ。またトキナーも95年より新しいのを発見したし、シグマも2000年代が発見された。

 実はタムロンは 77Dの仕様・構成図を知りたかったのだが、発掘されたカタログはそれより新しく、丁度シグマと同じで中ヌケの形になってしまった。何故新しいカタログと分ったかと言うと 77Dの後継である177Dが載っていたからだ。もう一つ、シグマではあのクソレンズ王”SIGMA ZOOM 28-80㎜ F3.5-5.6 MACRO ”の素性と出来れば構成図を知りたかったのだが、残念ながら該当機種は所有カタログに出ていなかった。代わりに外見・仕様がソックリなミニズームマクロと称する後継レンズ?らしいのが見つかった。これは7群7枚の非球面使用の超廉価レンズだった。これと同機種ではない理由はミニズームマクロの方はマウントがプラスチックだから。という事はやはり中ヌケしている95年前後の製品なのだろう。クソレンズ王は禅時代(93年前後)より確実に後に出た製品なので時代的にも合っている。待てよ?クソレンズ王がミニズームマクロの初代で、マウントがエンプラのものがIIなのかもしれないな。それでも筋は通る。2018年にもなって今更銀塩時代のAFレンズについて時代考証させられるとは思わなかったが、これというのもシグマが自身の製品をサイトに上げていない事に因る。粗製急造・乱造・売りっぱなしはいけないよ。もっと製品に誇りを持ちましょう(^^

=今回発見されたΣカタログ=
↑これより前のは年月が入っていないので省略
1992年9月版
1993年3月版
1993年9月版
1993年12月版 ;93年辺りに多いのは50㎜マクロを買う為であろう(^^
1998年2月版
1999年9月版
2000年1月版
2000年4月版
2000年7月版 ;2000年辺りは14mmF3.5を買おうとしていたらしい。
2001年4月版

 やはり1994年から1997年が抜けている。96~97年にかけては死にかけて入院しているから仕方が無いとして、95~99年辺りはT中C徳氏やその周辺と付き合いがあったのでソ連製・ロシア製レンズにハマっていたと思われる(筆者はコ○カの人と呼ばれていた^^)。


cosina
 今回の発掘作業で一番驚いた(というか前回の予想が外れた)のは、御三家以外のメーカーのカタログが発見されたのだ。しかも何と運枯支那になる前のコシナの総合カタログだった(注)。これは嬉しい誤算と言える。その一期だけとは言えコシナ製品の調査が可能になったわけだから。当時は恐らくT中C徳サンの影響で熱心なコシナ党員だった。カメラも名義はリコーだけどXR-7MIIだったし(^^ もっと新しい運枯支那のカタログもあったがこれはジャンクでも絶対買わないからイラネー。そう言えば止める前頃に安原一式とか流行ったのを思い出した。コシナとは全然関係無いけど安原氏がコシナ(ベッサだっけ?)に絡んでいたから同時に思い出すのだ。こういうのは連鎖的に思い出すんだな。これでもう死んでしまった人が生き返ってくれればもっといろいろ思い出すんだろうけど。


makinon
 何と感動!その後マキノンの総合カタログが出てきたよ。昔のオレって凄かったんだなあと再認識した。但しマキノンの総合カタログはドヨ橋でも配布していたのでそれほどレアなモノではない。でも今となっては持っている人は少ないだろうね…。


注:テキトーなコシナらしく年号が入っていないのだが既にAF時代のモノで、MFの有名な広角単焦点三兄弟や100㎜F3.5マクロも出ている。しかし55㎜F1.2は出ていない(最終版はまだ出ていないかも)。これらの中で上の事情で28㎜だけ手放したのはもったいない。広角三兄弟で一番まとも(と言うか廉価版の中では傑作だと思う)だったのに…。